山本 麻世

多摩美術大学大学院美術学部工芸科陶コースの卒業後オランダに引っ越し、ヘリットリートフェルト・アカデミーの陶芸学科とサンドベルグ・インスティテゥートのファインアート学科を卒業した。その後、ヨーロッパとアジア中心に活動している。様々なアーティストレジデンスに参加し、作品が数多くの国の芸術祭や作品展にて展示されている。

山本麻世はいつも変化し続ける場に一時的に滞在しているという意識を常に持っている。彼女にとって普段与えられる場とは全てが関係し影響しあい、誰も逃れることのできないシステムのことである。短期滞在者として日々どのようにしたらこのシステムの一部になり得るのかという疑問を持ち、その場での振る舞い方を考える。それは生命のあるもの無いものに関わらない共存体の関係性や繋がりの存在の断片を少し明らかにするためのものかもしれない。

幼いころにやっていたような単純な作業をすることによりその場で切掛けを探し原始的な模様を作り、媒介物として存在させる。 この作業によりできたものをその場に少しの間定着させる事によって既にある風景を新しい繋がりの風景へと変化させる。そして、また、しばらくして、どこかで違う繋がりを見つけ出す。

Project in Arita

  • Title : 百婆仙の耳飾り
  • Period of Residency : February - March

百婆仙(ペクパソン)は武雄から草創期に陶工集団、一族を率いて有田に移り住んだ。リーダー的な女性で、彼女は1656年96歳で亡くなるまで有田焼の母と慕われていた。近年、有田のヒロインの彼女が「耳飾りをするために耳にピアスの穴の跡があった」という新説がでてきた。私はこの有田の女性史の謎めいた面白さに魅了され、敬意をこめて耳飾りのような作品を作ってみようと思った。有名なオランダ絵画の中に出てくる真珠の耳飾りとはちょっと違う、「百婆仙の耳飾り」。

私は東京にいて最近は育児ですっかり自分がかつてピアスをしていたことも忘れていた。ピアスの穴も閉じてしまっていた。耳飾りを作りながらかつての時間やパワーを取り戻したかったのかもしれない。有田で磁器土を触っていると百婆仙からパワーを貰えるような気さえした。

現在でも百婆仙のご子息が絵の具屋さんでいらっしゃり、今回はこちらの呉須を使用し、ダミという技法(明治期以降に行われていた絵付けの分業の一部で、線の中を塗りつぶす技法で女性だけが担っていたもの)を用いた。柔らかい素材と組み合わせる技法は私がアムステルダム留学時代に創めたもの。自転車のゴムや羊毛を使って有田焼の磁器の冷たさと暖かい異素材の組み合わせで温度差を作り遊んでいる。

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